'19年7月26日~28日 目指せ槍ヶ岳!(2日目)

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『目指せ槍ヶ岳!(1日目)』からの続きです。

 

■槍沢ロッジの朝(少しキレる)

みんなで決めた2日目の朝の予定は《4時起床、5時出発》というものだった。朝ごはんは前日のうちに弁当にしてもらっていたので、これでも余裕のスケジュールだったはずだ。それなのに…

 

まず、俺の右隣に寝ていたアイミ君が3時過ぎから起き出してゴソゴソやり始めて目が覚めた。どうやら着替えをしているようだ。着替えが終わったら今度は荷物をリュックにまとめ始めた。(なぜ4時まで待てない)もう一度眠ろうとするが、なかなか眠れるものではない。

 

そうこうするうちに、今度は俺の左に寝ていたちか&まりも起き出してゴソゴソやり始めた。しばらく荷物を出し入れしたあと、化粧を始めたようだ。(なぜ4時まで待てない)例え目が覚めたとしても、なぜ周りの人(含む俺)が寝ていることに配慮しないのだ。二人のどちらかがヘアスプレーの缶をカチカチ振り始めて、俺は軽くキレた。「まだ寝てる人もいるんだぞ。そんなの談話室に行ってやれよ!」

 

(まだ4時前じゃないか…)早立ちのために3時に起きている人もいるかもしれないが、5時からの朝ごはんを食べて6時に出発する予定の人だっているのだ。

 

4時になって体を起こした。アイミ君はすでに出発の支度を終えて、また横になっている。俺は少しイライラしながら朝の用意を済ませ、荷物を抱えて一人談話室に移動した。4時からの準備でも時間がたっぷり余ったのは言うまでもない。

 

5時になった。槍ヶ岳に向けて槍沢ロッジを出る時刻だ。外に出て、明けて間もない空を見上げる。薄い雲の向こうに少し青空が見えた。ふ~っと大きく息を吐いた。

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f:id:arakabu625:20190731223402j:imageさあ、出発だ

 

■槍沢ロッジ~天狗原

いよいよ今日は槍ヶ岳だ。まずは槍ヶ岳の肩にある槍ヶ岳山荘を目指す。山荘に荷物をデポし、ちか&まりはそこでヘルメットをレンタルする予定だ。もちろん、天候次第では無理はしないというのが今回の俺たちの取り決めだ。高所が苦手なちかちゃんも、まずは現地まで行ってみてから判断しようということにしている(現地まで行ってしまえば、勢いで頂上まで行けるんじゃないかと俺は密かに思っていた)。

 

30分ほどでババ平のキャンプ場に到着。ここは槍沢ロッジが管理しているテント場だ。まだ10張以上のテントがあった。

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槍沢ロッジを出発してから1時間。ぼちぼちお腹が減ってきたので、大曲りという分岐点の近くで朝ごはんの弁当を開いた。(あとで調べたら、この分岐を水俣乗越へ向かうと喜作新道(東鎌尾根)に出るらしい)

f:id:arakabu625:20190801183545j:image6:08 大曲り


槍沢ロッジの弁当はとても評判がいいとまりちゃんから聞かされていたが、それもうなずけるような弁当だった。竹の皮に包まれた押し寿司だったのだが、酢飯で腐りにくいし、ぎゅっと圧縮しているので見た目よりもボリュームがある。昔ながらの弁当なのかもしれないが、山旅の携行食として理想的だなと感心した。

f:id:arakabu625:20190801184523j:image槍沢ロッジの弁当

 

食事を終えてまた登り始める。30分もすると目の前に北アルプスらしい風景が広がり始めた。山あいに雪渓も見える。ああ、北アルプスにやって来たんだなーとつくづく思える風景だ。そしてそして、見ろ!青空だ!
f:id:arakabu625:20190801190147j:image6:32 まだ槍は見えない

 

台風の進行スピードが落ちたのだろうか。もしかしたら午前中は天気が持つんじゃないの?なんて、俺たちの期待はどんどん膨らむ。祈るような気持ちで空の様子を伺いながら登っていった。

 

彼方に見えていた雪渓がすぐ目の前に近づいてきた。今の季節でも雪渓を歩かなくちゃいけないとまりちゃんから聞いていたので、みんなチェーンスパイクは準備している。真夏の雪渓も、こんな山奥まで登ってきた人だけが目にすることのできるすごい景色だよなあと思う。

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予想外の快晴のもと、天狗原分岐に到着。今朝槍沢ロッジを出てからここまで2時間と15分だ。この場所は、コースタイム的には槍ヶ岳山荘までの中間地点にあたる。(あとで調べたら、この分岐を南岳の方へ30分程も歩くと、逆さ槍で有名な天狗池に行けるらしい)

f:id:arakabu625:20190802073555j:image7:16 天狗原分岐

 

それにしても、この吸い込まれそうな空の青さはどうだ!こんな青空はそうそうお目にかかれるものではないだろう。

f:id:arakabu625:20190802073905j:imageか、快晴過ぎる!

 

ここで俺はこの日のために用意したヘルメットをかぶる。目立つようにと黄色を選んだが、みんなからは『わ~、現場監督だ~!』と散々な言われようだ(世界中の現場監督の皆さんごめんなさい)。しかし、お気に入りの逸品である。

f:id:arakabu625:20190802074836j:imageた、確かになー💧

 

台風6号が迫り来るなか、予想外の青空に過度な期待を持ち始める俺たち。あと3時間この天気もってちょうだい!という願いもむなしく、この先天候は悪化の一途をたどるのであった。

 

■天狗原~殺生ヒュッテ~槍ヶ岳山荘

快調だ、すべてが快調だ。だってこの青空を見よ。右に見える山の裾を巻いていけば、いよいよ槍ヶ岳も見えてくるはずだ。

f:id:arakabu625:20190802122556j:image7:39 少し雲が出てきたかな?いや、気のせいだ。


f:id:arakabu625:20190802123110j:image8:06 一つ目の雪渓を横切る。

 

槍はまだか。

 

f:id:arakabu625:20190802123626j:image8:11 いつの間にか行く手に厚い雲が。

 

f:id:arakabu625:20190803132037j:image8:16 ん?

 

なんか三角の影が見える。あれは、もしかして。

 

f:id:arakabu625:20190803132412j:image8:16 ああ、そうだ。ついに…

槍だ。

ガスの向こうに槍ヶ岳が見えてきた。

「わぁ!」

「おおっ!」

「槍だー!」

疲れが吹き飛ぶとはこういうことを言うんだろうか。ついに槍ヶ岳がその姿を現したのだ。ちょうど一年前、燕岳に向かう稜線で遥か遠くに見えた槍ヶ岳が今そこにある。俄然元気が湧いてきた。さあ、あそこに向かって歩こう。もう少しだ。

 

一瞬見えた槍ヶ岳の姿はすぐにまたガスのなかに消えて見えなくなった。けれど、もうすぐだ。あそこに槍はいる。槍まであと1.25㎞。

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播隆窟の前を通過し、トイレ休憩のため分岐を殺生ヒュッテに向かう。東鎌尾根ルートを開拓した小林喜作が作った殺生小屋をルーツとする山小屋だ。一年前の雨の中、大天井岳の直下で岩の中に嵌め込まれていた喜作レリーフを思い出す。

f:id:arakabu625:20190803142106j:imageガレ場を登り、

f:id:arakabu625:20190803142154j:image9:07 殺生ヒュッテ着

 

ヒュッテのベンチで小休憩。ここで朝ごはんの弁当の残りを食べて、ラストスパートのためのエネルギーを補充した。槍ヶ岳山荘まではもう40分ほどだ。いくぞ~。

 

また少しガスが晴れて槍ヶ岳が出現した。

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一瞬のチャンスを逃がさず、

f:id:arakabu625:20190803145059j:imageはい、槍ポーズ!

 


f:id:arakabu625:20190803145406j:image9:58 あと少し

f:id:arakabu625:20190803145706j:image10:10 槍ヶ岳山荘が見えてきた

 

やっとここまでたどり着いた。槍沢ロッジを出てから5時間余り。標高3,080m、槍ヶ岳の肩にある槍ヶ岳山荘は山頂に向けた最終キャンプ地のように多くの登山者であふれていた。ここから槍ヶ岳山頂まで標高差はジャスト100m。この100mが今回の山旅の核心部だ。

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あと100mだというのに、槍ヶ岳はガスに隠れてまったく見えない。行けるところまで行ってみよう、ということで、ちか&まりがヘルメットのレンタルの手続きに山荘の中へ入っていった。

 

いよいよだ。しかし、ここにきて天候はどんどん悪化してくる。時折強い風が吹き付け、少し雨も混じってきた。それでもアタックザックに荷物を移し換え、身軽になって外に出てみたらあろうことか雨は本降りになっていた。しかし、まだ誰も止めようとは言わない。もう一度山荘に戻ってレインウェアに身を包み、外に出た。フードに降りかかる雨音が耳元で大きくなったからなのか、やっと目が覚めたように俺か誰かが言った。

「今日は、やめとこか」

 

結局、なんだかんだで槍ヶ岳山荘にはたっぷり1時間以上滞在していたようだ。荷物を元のリュックに戻し、身支度を整えて外に出たら今度は雨が上がっている。ガスの切れ間に山頂も現れた。

f:id:arakabu625:20190803154904j:image11:30 山荘前から槍を望む

 

目を凝らすと鎖や鉄梯子に張り付いている人たちが見える。

「うわ~、凄い。私はやっぱり無理だわ~。みんなはこれでいいの?せっかくここまで来て、登らなくて大丈夫?」と、ちかちゃんが言った。

 

ああ、大丈夫だよ。とちかちゃんに返事するのを一瞬躊躇した俺に代わって、アイミ君が「うん、全然大丈夫。俺、頂上登るのそんなにこだわってないし。アハハ!」と笑って言った。

「それより腹へった。早くヒュッテ大槍に行って昼めし食おう」今度は俺が言った。俺もそれが紛れもない正直な気持ちだった。

 

■ヒュッテ大槍へ

今日の宿は《ヒュッテ大槍》。標高2,884mの東鎌尾根上にある小ぢんまりとした山小屋だ。槍ヶ岳からわずかに900mの距離だが、強い風が吹き付ける中、結構スリルのある900mだったと思う。両側が切れ落ちた狭い岩場や2ヶ所の鉄梯子など、(えっ?こんな恐ろしげなところ?聞いてないぞ)と、少なくとも俺とちかちゃんにとっては十分に怖いルートだった。
f:id:arakabu625:20190803164500j:image11:44 鉄梯子を下る

 

雨混じりの風の中、やっぱり山頂アタック中止は正解だったなと思いながら、ほうほうの体でヒュッテ大槍に到着した。

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すぐに雨でぐっしょり濡れた荷物を下ろし、熱い味噌ラーメンを食べてようやく生き返った俺。みんなも同じだったようで、お腹を満たした俺たちは、あてがわれた布団に潜り込んですぐに寝入ってしまった。

 

■『岳』の三歩に心を打たれる

一時間ほどで目が覚めた俺は、一人で食堂にいた。まだ夕食までたっぷり時間があったので、山岳漫画の『岳』を手に取った。そして、今日の俺たちのためにあるような話を読んで、一人で感動してしまう。

 

三歩が稜線で槍ヶ岳に向かう老夫婦と出会うところからその物語は始まった。そして三歩は自身が過去にエベレストの頂を目指した時のことを回想する。三歩はベースキャンプに居ても、『山頂だけがエベレストじゃない。ベースキャンプだってエベレストだ。だから俺は楽しいんだ』と言って屈託のない笑顔を浮かべるような山男だ。その三歩のパートナーは『俺は山を始めたからエベレストに登るんじゃない。エベレストに登るために山を始めたんだ!』という、エベレストの頂上を征服することに執念を燃やす男だった。

 

そんな二人がもう少しでエベレストの頂上にたどり着こうとしたところで、雪の中に遭難者を発見する。三歩はその遭難者を抱えて下山しようとするが、パートナーは『放っておけ、8,000mを超える世界ではすべてが自己責任だ』と一人で山頂へ向かう。しかし、結局そのパートナーも頂上を断念し、三歩と一緒に救助のために下山することを選んだ。実は、そのパートナーの男は過去にも違うパーティーの遭難者を救助するために自分のエベレスト登頂をあきらめた過去を持つ、本当は心優しいクライマーだったのだ。

 

そんなことを回想していた三歩の前に、槍ヶ岳に向かっていた老夫婦が帰って来た。いつしか雨が降っている。男性の方が、『もう少しのところで断念ですわ』と雨の降っている空を指差しながら笑う。すると女性の方が、『ホント。あとちょっとだったのよ…』と、これまた笑う。そうすると、三歩が二人に向かって言うのだ。

 

『頂上まで行かなかったけど… 槍に登ってきたんだね』

 

そして、『温かいコーヒー入ってるんだけど、どうです?』と自分のテントを指差すところで物語は終わる。

 

この物語を読んで、俺はさっきまでの今日一日の出来事がすべてストンと腑に落ちたような気がした。そうだ、俺はなぜあの時アイミ君のように間髪を入れずに『大丈夫、また今度があるさ』と笑って言えなかったんだろう。俺たちは頂上まで行かなかったけど、確かに槍に登ってきたんだ。そうなんだ。

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f:id:arakabu625:20190803193457j:image『岳』より

 

■ヒュッテ大槍の夜はワインとともに

いつしか昼寝から起きてきたまりちゃんにたっぷり2時間は眠っていたちかちゃんを起こさせて、3人でビールで喉を潤した。3時間以上眠っていたアイミ君もやっと起き出して、全員でヒュッテ大槍の夕食をいただく。

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f:id:arakabu625:20190803194346j:image夕食はワインつき。カンパーイ!

 

夕食後はコーヒーバイキングでコーヒーを何杯もおかわりしているアイミ君を尻目に、ワインをボトルで注文するちか&まりと俺だった。このとき外は猛烈な風と雨に見舞われていたはずだが、まったく覚えていない。

あとはゆっくり眠って、明日下るだけだ。

 

(目指せ槍ヶ岳!2日目、ここまでです。長かったですね。ここまでお読みいただき有難うございます。もう少しお付き合い下さい!)

目指せ槍ヶ岳!3日目、に続きます。